ねぇ、今、近くに鏡はある?
ちょっと覗いてみて。
そこに映ってる「あなた」──本当に、本物の「あなた」?
鏡の中の人は、あなたの左右を逆にして、あなたと同じ動きをする。あなたが右手を上げれば、向こうの人は左手を上げる。目が合う。瞬きが揃う。でも、それはあなたじゃない。左右が入れ替わった、もうひとりのあなたなの。
人類は、古代から鏡に魅入られてきた。ただの反射する板じゃないと、みんな気づいていたからだと思うの。
鏡は、古代から神のものだった
日本の三種の神器を知ってる? 草薙剣、八尺瓊勾玉、そして──八咫鏡。神器のひとつは鏡なんだよ。
卑弥呼もまた、鏡を授けられた。『魏志倭人伝』によれば、卑弥呼が魏の皇帝に使いを送ったとき、返礼として「銅鏡百枚」を受け取ったとされている。その候補とされる三角縁神獣鏡は、これまで日本各地で330面以上出土している。島根県の神原神社古墳から出たものには「景初三年(239年)」という年号まで刻まれていたの。
興味深いのは、これらの鏡が中国本土では一枚も見つかっていないということ。国産説、魏からの下賜説、今も議論が続いてる。
古代エジプトでは、神官だけが青銅鏡を所有していた。鏡は「光を閉じ込める器」であり、死者の魂を映す道具でもあったの。
世界中の古代文明で、鏡は一貫して神聖なもの、あるいは危険なものとして扱われてきた。
ダ・ヴィンチの鏡文字の謎
レオナルド・ダ・ヴィンチ。知らない人はいないよね。
彼が生涯残した13,000ページにも及ぶ手稿(ノート)は、そのほとんどが鏡文字で書かれていた。右から左へ、すべての文字が鏡に映したように反転している。
なぜ? 説は複数ある。
- 左利きだったから(右から書くと手でインクが汚れない)
- 覗き見防止(当時の宗教裁判を警戒)
- 単なる癖
どれも一理あるの。でも、本当にそれだけ?
実は、ダ・ヴィンチは文字だけでなく図面も左右反転させていた。人体解剖図も、機械のスケッチも、鏡に映したような姿で残されている。左利きの便宜だけでは説明できない。
ある研究者は、こう言うの。
「ダ・ヴィンチは、鏡の向こう側の視点から世界を描こうとしていたのかもしれない」──と。
私たちが見ている世界は、見られている側からすれば左右逆。私たちは、一方向からしか現実を見ていない。ダ・ヴィンチは、両側から現実を見ようとしたのかも。
鏡の呪術
鏡が絡む儀式は、世界中にある。
ブラッディ・メアリー──暗い部屋で鏡の前に立ち、「Bloody Mary」と唱えると、鏡に血みどろの女が現れる。欧米の有名な都市伝説。
合わせ鏡──鏡を2枚向かい合わせにすると、無限に反転した自分が並ぶ。日本では「合わせ鏡は霊を呼ぶ」とされる。夜中に行うと、13番目の自分と目が合うと言われる。
鏡割り──日本の神事でも、祝いの場で鏡餅や鏡開きという儀式がある。鏡は「魂の器」を表していて、それを割ることで内側の力を解放するの。
鏡が割れると不吉とされるのも、同じ理屈。魂が外に出てしまうから。
科学が語る、意外な真実
ここで科学的な話を少しするね。
鏡像は「左右逆」と言うけれど、実は左右が逆なのではない。鏡は前後を反転しているだけ。試しに、鏡の前で右手を上げてみて。鏡の中の人は、確かに左手を上げているように見える。でも、もしその人があなたの向かいに立っていたとしたら、向こうから見て「右」はあなたの「左」。つまり、鏡像は位置を正しく保ったまま、奥行きだけをひっくり返しているの。
これ、考え出すと結構こわい。私たちの脳は、「左右が逆」と誤解するように作られているってことなの。
さらに──鏡を見て「自分だ」と認識できる生物は限られている。人間、一部の霊長類、イルカ、カササギくらい。これを「鏡像自己認識」と呼ぶ。ほとんどの動物は、鏡の中の自分を「他者」だと思う。
反転した世界が、本物を見ている
ねぇ、もう一度、鏡を見てみて。
そこにいるのは、あなたの左右が反転した誰か。あなたの動きを完全にコピーしている。瞬きも、呼吸も、表情も。
でも、もしかして──。
「本物」はどっちだろう? 鏡のこちら側? それとも向こう側?
ダ・ヴィンチが鏡文字で書き続けた理由は、もしかすると、向こう側から見ればこちらが「左右逆」だという気づきだったのかもしれない。
鏡は、ただの反射装置じゃないの。
もうひとつの世界への、一番小さな窓なんだよ。
……今夜、寝る前にもう一度、鏡と目を合わせてみてね。向こうの「あなた」が、いつもと違う瞬きをしないかどうか。