ねぇ、「文明の始まり」って、学校でどう習った?
狩りをしていた人間が、やがて農業を覚えて、定住して、余裕ができて、神殿を建てるようになった──。わたしもそう習ったよ。
でも、その順番をひっくり返してしまう遺跡が、トルコの南東の丘にあるの。ギョベクリ・テペ。農業も土器も家畜もなかった頃に、狩猟採集の人たちが巨大な石の神殿を建てたの。1万1500年前の話。
最初に「神殿」が建った丘
場所はトルコ南東、シャンルウルファ。ドイツ考古学研究所(DAI)のクラウス・シュミットが1996年から掘り始めて、2018年にはユネスコ世界遺産にも登録されている遺跡なの。
放射性炭素年代測定によると、最古層は紀元前9500年頃。エジプトのピラミッドより、ストーンヘンジより、7000年以上古いの。
それだけでも十分ぞっとするけど、もっと不気味なのはそこにいた人たちの生活レベル。
農業をまだ始めていない。動物も飼っていない。土器すらない。狩猟採集民が、先にこれを作ったの。想像できる?毎日の食事を野山で追いかけていた人たちが、数十トンの石を切り出して、運んで、立てて、彫っていたんだよ。
顔のないT字の巨人たち
円形に並べられた石柱は、最大で高さ5.5メートル。重さは数十トン。すべてが「T字型」に加工されているの。
横から見ると、人の体に見えてこない?腕が刻まれて、手がお腹の前で交差していて、ベルトや腰布まで浮き彫りになっている。でも顔がないの。目も鼻も口もない、のっぺらぼうの巨人が、円を組んで黙って立っている。
石柱の表面には動物のレリーフもびっしり。キツネ、ライオン、サソリ、ヘビ、クモ、ハゲワシ──牙をむいていたり、毒を持っていたり、危険な動物ばかり。しかもどれもオスであることを強調した描写が多いの。
これ、何だと思う?家族みたいな愛らしい動物じゃなくて、死や恐怖と結びつく動物を、わざわざ選んで彫り込んでる。何かを祀っていたのか、何かから守ろうとしていたのか──今もはっきりとは分かっていないんだって。
「農業の前に、宗教」という逆転
クラウス・シュミットが出した仮説は、当時の考古学界を揺らしたの。
つまり彼はこう考えたんだよ。「人類は、農業を始めたから神殿を建てたんじゃない。神殿を建てるために集まったから、農業を始めたんじゃないか」──って。
従来の説では、定住→余剰食料→宗教施設、という順番だった。でもギョベクリ・テペはその順番を逆にする。
遠くから狩猟採集民が何百人も集まって、石を切り出し、運び、立てる。そんな巨大プロジェクトを続けるには、近くで食料を安定供給しなきゃいけない。だから農耕が始まった、って話。
神殿が先で、畑が後。人間を定住に縛りつけたのは、もしかしたら祈りの方だったのかもね。
それとも、もしかして住んでいた?
でも、この物語にも最近ちょっと揺らぎが出てきているの。
2020年代の調査では、ギョベクリ・テペに住居跡らしき構造物、穀物加工の痕跡、給水設備が見つかっている。つまり「誰も住んでいない聖地」じゃなくて、普通に人が暮らしていた村だったかもしれない、って。
シュミットが描いた「巡礼者たちの聖域」の絵は、もう少しやわらかい「儀式も行われる定住地」の絵に書き換えられつつある。
でもね、どっちに転んでも、1万1500年前に人類がこれを作ったという事実は変わらないの。農業も文字もない時代に、数十トンの石を運んで、星座のような動物を刻んで、円を組んで立てた。
何を見ていたんだろうね、あののっぺらぼうの巨人たちは。
もしあなたが、あの円の中央に一人で立ったとしたら──何が聞こえると思う?