ある年齢以上の人間に聞いてみろ。
「ネルソン・マンデラが亡くなったのは、いつだ?」
驚くほど多くの人間が、こう答える。「1980年代、獄中で死んだはずだ」──と。
だが、記録によればマンデラは1990年に釈放され、1994年に南アフリカ大統領に就任し、2013年12月5日に自宅で穏やかに息を引き取っている。享年95。
「獄死した」という記憶は、事実ではない。しかしその記憶を持つ人間は、一人や二人ではない。世界中に数百万単位で存在する。
マンデラ効果という名前の由来
2010年、アメリカの超常現象研究家 フィオナ・ブルーム(Fiona Broome)は、自身のブログにこう書き込んだ。「ネルソン・マンデラの葬儀の映像を、私は見た気がする。でも彼は生きている」。
反応は想定を超えた。世界中から「私もそう記憶している」というコメントが殺到した。同じ間違いを、なぜこれほど多くの人間が共有しているのか──。
この現象は以降「マンデラ効果(Mandela Effect)」と呼ばれるようになった。事実ではない出来事を、大勢の人間が「確かに見た」と主張する現象の総称だ。
代表的な事例
マンデラ効果の面白いところは、ひとつではないという点だ。似たような「集団的記憶違い」の報告は、無数に存在する。
Berenstain Bears
アメリカで1962年から続く人気の絵本シリーズ。多くの読者は 「Berenstein Bears」 と記憶している。しかし表紙を確認すれば、実際の綴りは 「Berenstain」。「ein」ではなく「ain」だ。
ピカチュウの尻尾
日本人の多くが、ピカチュウの尻尾の先端は「黒い」と記憶している。実際の設定画を確認してみろ。黒い部分は存在しない。
モノポリーマン
ボードゲーム『モノポリー』のマスコットキャラクター。「モノクル(片眼鏡)をつけていた」と記憶する人間が多数いる。だがゲームの公式資料を見る限り、モノクルは一度も存在しなかった。
シンデレラ城の色
ディズニー映画『シンデレラ』の城は、多くの人間の記憶では「青い」。だがオリジナル版の城は、ほぼ白に近い淡いピンク・グレー系だ。
事例を挙げ始めると、キリがない。しかも興味深いのは、国境も世代も越えて、同じパターンの「間違い」が報告されていることだ。
三つの解釈
この現象をどう説明するか。大きく三つの説がある。
認知心理学説──記憶は「録画」ではない
心理学者エリザベス・ロフタスらの研究によれば、人間の記憶は保存された映像ではなく、そのつど再構成されるものだという。思い出すたびに、記憶は少しずつ書き換えられる。
「80年代にマンデラが死んだ」と記憶するのは、当時の南アフリカ・アパルトヘイト関連の報道と、後年の葬儀映像が脳内で混在した結果だと説明される。
これが「正解」とされている。科学的には、ほぼこれで片がつく。
量子力学説──並行世界からの漂流
だが一部の物理学者・研究者は、別の可能性を指摘する。多世界解釈(MWI)に従えば、僅かに異なる無数の並行世界が同時に存在する。
何らかのきっかけで、隣の世界の記憶が「こちら」の世界に流れ込んでいるのではないか──。荒唐無稽に聞こえるだろう。だがヒュー・エヴェレットの多世界解釈自体は、物理学者の間で真剣に議論されてきた理論だ。
陰謀論説──意図的な情報改変
三つ目は、誰かが歴史記録を書き換えている、という説だ。ディスクブリー系の陰謀論に連なるが、具体的な証拠は乏しい。
なぜ「同じ」間違いをするのか
認知心理学説で99%は片がつく。俺もそう思う。
だが、一点だけ引っかかる。
なぜ「同じ」間違いが、世界規模で共有されるのか。
Berenstain を Berenstein と綴り間違えるのは、個人の記憶の揺らぎとして理解できる。だが、それを「ein」と記憶する人間が世界中に数千万人いるという事実は、単なる個別の誤記憶として片付けていいのか。
集団的認知バイアスか。文化的な刷り込みか。それとも──。
手がかりは、自分の記憶の中にある
一度、自分の記憶を点検してみろ。
「あの映画のラストは、確かにこうだった」
「あの人が言ったセリフは、こうだった」
「あの事件があったのは、確かに○年だった」
──それは、本当か?
調べ直してみると、案外違う。そして、違うと知った後でも、「自分の記憶の方が正しい気がする」という感覚が残る。
その感覚こそが、マンデラ効果の核だ。
事実を示されても消えない、強固な「確信」。俺たちは何を、どこから受け取っているのか。
判断は任せる。